フリーのトラベルライターをしている宮澤真帆です。新潟市出身で、旅行雑誌の編集者を7年やったあと、32歳で独立しました。年間100日以上は取材旅行に出ている生活を6年ほど続けていますが、去年の秋に体験した佐渡島の自転車一周、通称「サドイチ」が、私の旅に対する考え方をまるごとひっくり返してくれました。
旅行ライターという仕事柄、これまで数えきれないほどの観光地を訪れてきました。高級旅館、絶景スポット、ミシュラン掲載のレストラン。でも佐渡島を自転車で走った2日間は、それらのどれとも違う感動がありました。
この記事では、実際にサドイチを走った体験をもとに、自転車で旅をすることの魅力と、佐渡島の知られざる景色についてお伝えします。
「サドイチ」に挑戦しようと思ったきっかけ
地元なのに知らなかった佐渡の一面
新潟市出身の私にとって、佐渡島は子どもの頃から見慣れた存在です。両津港までフェリーで約1時間。修学旅行でも行ったし、家族旅行でも何度か渡りました。金山を見て、たらい舟に乗って、お寿司を食べて帰る。それが私の中の「佐渡旅行」でした。
変わったのは、2年ほど前のこと。サイクリング特集の取材で「佐渡ロングライド210」という大会の存在を知りました。毎年5月に開催される国内最大級のサイクリングイベントで、参加者は3,000人を超えます。島を一周する210kmのコースがあると聞いて、正直「自転車で佐渡を一周?」と驚いたのを覚えています。
自転車旅という未知の選択
私の趣味はゴルフと温泉巡り。自転車は通勤で乗るくらいのもので、ロングライドの経験はほぼゼロでした。
でも取材を重ねるうちに、自転車で旅をする人たちが口を揃えて言う「車では絶対に見えない景色がある」というフレーズが頭から離れなくなりました。本当にそうなのか、自分の脚で確かめたくなったんです。結局、取材抜きの完全プライベートで挑戦することにしました。
ちなみに私はロードバイクを持っていないので、佐渡島内でレンタルしました。島内の観光案内所ではe-bikeなどのレンタサイクルが充実していて、自転車を持ち込まなくても挑戦できる環境が整っています。事前に週末だけ近所を30kmほど走る練習を1か月ほど続けて、最低限の体力はつけておきました。
佐渡一周210km、実際に走ってみた
1日目:両津港から小佐渡の海岸線へ
サドイチのスタート地点は両津港。新潟港からジェットフォイルで約65分、カーフェリーなら約2時間半です。私は1泊2日のプランで、初日に南側の小佐渡エリアを回ることにしました。
朝8時、両津港を出発。最初の数キロは市街地の平坦な道。海沿いに出ると、左手に穏やかな日本海が広がります。9月下旬の佐渡は空気がからっとしていて、風が心地いい。車で走ったら一瞬で通り過ぎてしまう景色が、自転車のスピードだとじっくり味わえます。
小木方面に向かう海岸沿いの道は、アップダウンが少なく走りやすいコース。ただ、外周部にはコンビニや飲食店がほとんどありません。両津の市街地でしっかり補給しておくのが鉄則です。これは事前にさど観光ナビのサイクリングページで確認しておいて助かりました。
宿根木の集落で時間が止まる
小木エリアに入ると、北前船の寄港地として栄えた宿根木集落があります。狭い路地に板壁の家屋が密集する独特の景観。国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されています。
自転車を停めて歩いてみると、潮風で黒ずんだ板壁と、家の隙間から覗く青い海。そのコントラストに息を呑みました。観光バスのルートからは少し外れているため、人も少なくて静かです。こういう場所にふらっと寄り道できるのが、自転車旅の醍醐味だと実感した瞬間でした。
佐和田で一泊、地元の海鮮に感動
初日の走行距離は約100km。佐和田の市街地に着いたのは夕方5時頃。脚はパンパンでしたが、不思議と気分は爽快です。
この日の宿は、佐渡市で「サイクリストに優しい宿」に認定されている宿泊施設。自転車をそのまま部屋に持ち込めるのがありがたかった。
夕食は地元の回転寿司へ。佐渡の回転寿司は、都心の高級寿司店に負けないクオリティです。佐渡沖で獲れた鮮魚を、佐渡産コシヒカリのシャリで握ってくれます。9月は南蛮エビ(甘エビ)が旬で、ねっとりとした甘みが口いっぱいに広がりました。佐渡の地酒を冷やで一杯。疲れた体に染み渡って最高でした。
2日目:大佐渡の絶景と名物「Z坂」
二ツ亀と大野亀の壮大さ
2日目は朝6時に出発。窓を開けると、朝もやの中に漁船のエンジン音が聞こえてきて、佐渡の朝はこんなに静かなのかと改めて感じました。北側の大佐渡エリアを走ります。小佐渡と比べてアップダウンが一気に増え、コースの難易度も上がりました。
島の北端に近づくと現れるのが二ツ亀。2匹の亀がうずくまっているように見える巨岩で、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』で二つ星を獲得しています。海水の透明度は佐渡随一。自転車を降りて岩場に座り、エメラルドグリーンの海をしばらく眺めていました。
続いて大野亀。海に突き出た高さ167mの一枚岩は、近くで見ると言葉を失うほどの迫力です。5月下旬から6月上旬にはトビシマカンゾウの黄色い花が一面に咲くそうで、次はその季節に来ようと心に決めました。
Z坂を登りきった先に見えた景色
サドイチ最大の難所が「Z坂」。その名の通り、Z字型のつづら折りが続く急勾配の坂道です。
ここは本当にきつかった。何度も脚を止めたくなりましたが、「頂上からの景色が最高だから絶対に頑張れ」という宿の主人の言葉を思い出して、ペダルを踏み続けました。
登りきった瞬間、目の前に広がったのは果てしない日本海と、遥か下に続く海岸線。風が頬を撫でて、汗が一気に冷えていきます。車でさっと通り過ぎたら、この感覚は味わえない。自分の脚で登ったからこそ、ここまで胸に迫るものがありました。
Z坂を越えたあとは相川方面へ下っていきます。このあたりは2024年に世界文化遺産に登録された佐渡金山のお膝元。時間があれば立ち寄りたいところでしたが、この日は脚の疲労と相談して先を急ぎました。次回は2泊3日にして、金山もゆっくり見学する予定です。
自転車で回るからこそ見えた佐渡の魅力
速度が変わると、世界が変わる
210kmを走り終えて強く感じたのは、移動の速度を落とすと見える世界がまったく変わるということです。
車で走ると時速40〜60km。景色はどんどん流れていきます。でも自転車だと時速15〜20km。道端の小さな花、漁港で網を繕うおじいさん、集落の路地裏に干された洗濯物。そういう日常の風景が、次々と目に飛び込んできます。
特に印象的だったのは、外海府海岸沿いの一本道。右手に切り立った崖、左手に紺碧の日本海。トンネルをくぐるたびに景色が変わって、まるで映画のワンシーンの中を走っているような感覚でした。
地元の人との思いがけない出会い
自転車だと、車と違って気軽に人と話せます。
坂道で休憩していたら、畑仕事中のおばあちゃんが「どこから来たの」と声をかけてくれて、自家製の干し柿をもらいました。漁港近くの自販機の前でストレッチしていたら、漁師さんに「今朝いいブリ揚がったよ」と教えてもらったり。
観光ガイドには載らない、こうした小さなやりとりが旅の記憶を何倍にも豊かにしてくれます。自転車という乗り物は、地元の人にとっても声をかけやすい存在なのかもしれません。車だと窓越しに一瞬で過ぎていく旅人ですが、自転車だと「ちょっと休んでいきなさい」と言ってもらえる距離感がある。これは思いがけない発見でした。
サドイチを走る前に知っておきたいこと
これからサドイチに挑戦したい方のために、実体験をもとにポイントを整理しておきます。
コースの概要と難易度
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 総距離 | 約210km |
| 獲得標高 | 2,218m |
| 走行時間の目安 | 約13時間(時速15km想定) |
| おすすめ日程 | 1泊2日〜2泊3日 |
| 難易度 | 上級(初心者は130kmコースがおすすめ) |
1日で走破する猛者もいますが、休憩込みで12時間以上かかります。初めてなら1泊2日以上のプランがおすすめです。
補給ポイントと準備
島の外周部は飲食店やコンビニがかなり少ないです。以下の市街地エリアで必ず補給してください。
- 両津エリア(スタート地点、コンビニ・飲食店が揃っている)
- 佐和田エリア(島の中央部、宿泊拠点としても最適)
- 相川エリア(世界遺産・佐渡金山の近く、飲食店あり)
トンネルが多いため、日中でも前照灯は必須です。パンク修理キットと携帯ポンプも忘れずに。島内には21か所の「佐渡サイクルステーション」が設置されていて、空気入れや簡単な修理道具を無料で借りられます。
おすすめの季節
- 5月:佐渡ロングライド210の開催時期。気候も穏やかでベストシーズン
- 6月上旬:大野亀のトビシマカンゾウが満開になる
- 9月〜10月:暑すぎず寒すぎず、紅葉も楽しめる
真夏は日差しが強く、冬は積雪があるため避けた方が無難です。
お金では買えない「上質な旅」がここにあった
旅行ライターとして、「上質な旅」と聞くと高級ホテルや一流レストランを思い浮かべていました。もちろんそれも素晴らしい。でも佐渡を自転車で走って気づいたのは、自分の体で風景の中に入っていく体験は、お金で買えるどんなサービスよりも贅沢だということです。
Z坂の頂上で風に吹かれた瞬間。宿根木の路地で潮の香りに包まれた時間。漁港のおばあちゃんにもらった干し柿の甘さ。全部、自分の脚で走ったから手に入った体験です。
私はこの体験のあと、新潟県内の旅をもっと深く楽しみたいと思うようになりました。佐渡に限らず、新潟にはハイエンドな体験がまとまった情報ページもあるので、サイクリング以外の過ごし方を探している方はぜひ覗いてみてください。妙高高原のゴルフや瀬波温泉の海水浴場、苗場ドラゴンドラの紅葉体験など、大人が本気で楽しめるフィールドが新潟には揃っています。
「上質」や「贅沢」の定義は人それぞれですが、五感をフルに使って自然の中に没入する体験は、間違いなくその一つです。少なくとも私は、佐渡の自転車旅を通じてそう確信しました。
まとめ
佐渡島を自転車で一周した2日間は、私のこれまでの旅の中で最も記憶に残る体験になりました。
210kmという距離は確かにハードです。でもその分、自分の脚で走り切ったときの達成感は格別ですし、道中で出会った景色や人の記憶は、他のどんな旅行でも得られないものでした。
2024年には佐渡金山が世界文化遺産に登録され、島への注目も高まっています。観光で訪れるのも楽しいですが、もし少しでも興味があるなら、自転車という選択肢を加えてみてください。きっと、旅に対する考え方そのものが変わる体験が待っています。